踏みはずしたあとで

うつ病で社会のレールを踏みはずしたけど、楽しく健康に生きていく

全然無責任じゃない!『嵐』の未来に祝福を!!

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超人気アイドルグループ『嵐』の活動休止が発表されました。
それについて思うところがありました。

こんにちは。ふぉぱです。

ジャニーズの超人気アイドルグループで、メンバーそれぞれも個性的な活動を続ける『嵐』が、その人気が絶頂とも言える中で突然の活動休止を発表しました。

ぼくはテレビや映画は普通に観ますが、芸能界について詳しくないですし、ましてやゴシップの類には全く興味がありません。
ですから、ブログに芸能人に関わることを書くとは考えてませんでした。
しかし、今回の嵐の発表とその後の反応について思うところがありましたので記事にします。

 

 

驚いた。仕方がないと思った。立派だと思った。

驚いた

2019年1月27日。ぼくはテレビを付け聞き流しながら、パソコン画面に向かっていました。
するとニュース速報の音が聞こえたので、すぐにテレビ画面に顔を向けました。
その内容に対し、人の命や社会状況に関わる大きな事件でないことにホッとしたと同時に、驚きを感じました。
人気絶頂の『嵐』が活動を休止するというのです。

芸能関係に疎いぼくが驚いた理由は、人気絶頂であるこのタイミングでということもありますが、彼らが表面的には不仲など大きな問題を抱えていたようには見えなかったからです。
ですので、なぜ休止するのか、その理由が気になりました。

 

仕方がないと思った

嵐には熱狂的なファンが多いので、そうでないぼくがわかったような物言いをするのは嵐にもファンの方々にも申し訳ないとは思います。
ぼくが知るところの休止の理由も、様々調べてその深い事情を把握したものではなく、テレビやネットの、それも表面的な部分での理解ということをご理解いただければと思います。

ぼくが知った理由は、メンバーでリーダーの大野智さんが「何事にも縛られず、自由な生活をしたい」と考えるようになった、というものです。
これを聞いてぼくは、「仕方がない、そりゃそうだろう」と思いました。

『嵐』というグループは、個人的な印象ですが、現在日本の芸能界でトップグループだと思っています。
最近は歌番組やバラエティー番組はあまり観ませんが、映画やドラマ、報道番組など幅広く活動をしており目にする機会が多いです。
ぼくとしては、ドラマなどで演技がすごい二宮和也さんと、キャスターとして知的かつ地に足の着いた芯のある考えを述べる櫻井翔さんが特に目立っています。
また、歌番組はあまり観ないとはいいましたが、まだぼくが小中学生の頃に観ていた『うたばん』での嵐と司会の石橋貴明さんと中居正広さんとの掛け合いで大笑いしていました

つまり、何が言いたいかと言うと、『嵐』はグループとしてもメンバー個人としても、1つの世界でトップに登り詰め、多くのものを勝ち取っただろうということです。

ぼくにはそんな大きさの成功体験はないので、想像でしか言えませんが、様々な苦労があったとしてももの凄く充実していたのではないかと思うのです。

ですが、ここで思うことがありました。
それは「多くを」勝ち取ったけれども「全て」ではない、ということです。
これは、成功者に対するぼくの嫉妬でもなければ、人間はないものを欲しがる欲深い生き物だと言うことではありません。
人の一生、生き方に関わるもっと本質的というか、実感に沿った問題です。

当たり前ですが、人の一生というのは1回きりです。
そしてその1回は短いものです。

1人の人間がその人生の中でできることは限られています。
また、そのできることを精一杯したとしても、他のやりたいことができるとは限りません。
むしろ、1つのことを精一杯やるということは、他のことをやるチャンスを逃すとさえ言えるかもしれません。

そして、1つの世界であれ程の結果を残した『嵐』は、得たものも多いでしょうが、僕を含む多くの普通の人と比べ、逃してきたものも多いのではないかと思うのです。

さらに、嵐のメンバーは10代のまだまだ子どもといえる時代から20年以上もその世界で頑張ってきたのだと思います。
それ自体は本当に凄いことだと思います。ぼくの想像など遥かに超える努力でしょう。
ですが、その時代、子どもから大人に成長する時代は、多くのことを知り、自分の外でも中でも世界が広がっていく多感な時期です。
嵐のメンバーも嵐の活動以外、もっと言えば芸能活動以外でも「これをやりたい」と思うものがあったはずです。

SMAPの森且行さんが、当時正に人気絶頂の中でグループを抜け、オートレーサーになったことを思い出します。そしてそれも1つの生き方です。
ですが嵐のメンバーはそうしませんでした。
どちらが正しいということではありません。どちらにしろ、自分の一部をを押し殺してその選んだ道に進んだということだと思います。
そして、嵐ほどの大きな存在になり、そちらを選択すれば、押し殺さなければならない自分の部分も大きいということは想像に難くありません。

そんな中で、こぼれ出てきた想いが、大野智さんの「何事にも縛られず、自由な生活をしたい」ということだったのでしょう。
だからぼくは「仕方がない。そりゃそうだろう」と思ったのです。

彼らはそれぞれがアイドルである以前に、色々な想いを抱えた1人の人間なのです

 

また驚き、そして立派だと感じた。

嵐の活動休止決定の経緯を見ているうちに、また驚き、そして立派だと感じました。

大野さん「何事にも縛られず、自由な生活をしたい」と考え、メンバーにその想いを打ち明けたのが、2016年の中頃だというのです。
活動休止を発表した現在(2019年1月)から2年半も前です。
そして実際に休止するのは2020年12月31日だそうですので、メンバーに相談してから5年近くかかることになります
これはすごく驚きました。

このことについて、外側の人には知りえない事情もあるでしょうから、評価するのは簡単ではないです。
ですが、個人の感覚からすれば遅いと感じます。

これに対してぼくが思ったのは、決定が遅く優柔不断だといったことではなく、むしろ嵐というグループはどこまで立派なんだと思い、感動さえ覚えました。

こういった、”決断におけるスピード感”というのは重要なことです。
現代においてその重要度はさらに増していると思います。
時代の最前線でビジネスをしている方などは特に強く感じているでしょうし、自分のやりたいことをやり、夢を実現させると強く想っている方々もそうでしょう。
ぼくなんかでも”決断の速さ”をもっと意識しなければと想っています。
そして、そういった考え方からすれば、今回の嵐の動きは遅いということになるでしょう。

ですがぼくは決断の早さ、又は実行の早さは重要だと思うと同時に、人間はそれだけではないと思うのです。
優柔不断というのはあまり良くないでしょうが、今回の嵐はそうではないと思います。
では何が、「人間はそれだけではない」というと、それは人と人との繋がりです。

嵐がここまでのスーパータレントになった理由は、メンバーそれぞれの能力や実力と言えます。
しかし当然、それだけではなく嵐の周りで様々な形で支えていた人々とその人々の繋がりによるものだと思います。
ファンはもちろん、所属事務所スタッフ、番組制作スタッフ、スポンサーなど本当に様々な人達との繋がりです。
そのようなことは活動休止発表当日に開かれた会見でも言っていたと思います。
そして、これは良い関係だけでなく、本人たちからすれば迷惑だったり、あまり良くない関係も含めてです。
「柵(しがらみ)」とも言えるでしょう。

今の嵐のメンバーにはそれぞれ前向きな思いだけではなく、複雑な想いもあるでしょう、話を切り出した大野さんには「こんなこと早くやめたい」という気持ちさえ、少しはあるのではとも思います。
ですが、嵐は発表と同日に会見を開き、自分たちの言葉で想いを語っていました。
そして、その言葉の中には恨み言や不貞腐れた物言いは一切なく、『嵐』を支えている人々に対する、感謝や経緯であふれていました。
それが何よりも現れているのが、メンバーへの相談から実際の活動休止までに至る、遅いとさえ言える長い期間です。

これは、有名人だけでなく、普通の人達にも言えることです。
現在、”決断と実行のスピード感”の重要性を訴える言葉が多く見られます。
ぼくもSNSやビジネス書などでよく目にします。
そして、その重要さもわかります。
ですが、それで良いのかとも思うのです。

当たり前の話ですが、人間は1人で生きているわけではありません。
むしろぼくは、人間は人との関係性の中にしか存在しないと思います。
だから人と人との間「人間」なのです。

人と人の関係は感謝や尊敬といった良いものだけではなく、あまり良くないものもあるでしょう。
良くないもので、いじめなど相手を傷つけるようなものであれば、決断を早くして、関係を切ってしまうのが良いでしょう。
しかし、良くない関係の中でもどう仕様もないもの、例えば、暗い例で申し訳ないのですが、大切な家族が事故や病気で又は年をとって介護が必要になった時、それを見捨てることなんてできません。
ですがそうすると、程度はどうあれ、それに縛られて自分の生活は不自由になってしまいます。

もしかしたら、見捨てるということだって1つの選択肢として間違ってはいないかもしれません。

自分の実現したい夢があり、その優先順位がその人の中で何よりも高いこともあります。
そもそも介護をする人がそれに押しつぶされてはいけません。
そんな場合、家族を施設に完全に預けるなどしても、それは他人が責められるものではないと思います。
最近の「意識の高い人」ならばそっちを善しとするかもしれません。

このような時、ぼくが言いたいのはどちらが正しいということではなく、こういったある種の究極の選択を迫られた際、そこで迷ったり悩んだりすることは人間らしいことであるということです。
ぼく個人は、損得勘定で素早く判断してしまう人よりも、ある種のしがらみにとらわれ、あれこれ悩み、不合理で時には結果として損をしてしまうような人を、そんな人間の姿を愛します。

もの凄くシンプルに言ってしまえば「義理や人情をもっと大切にしても良いんじゃないか」ということです。

最近”早い決断”をとにかく重要視するような、いわゆる”インフルエンサー”と呼ばれる人たちの言動には納得する部分も多いですが、「それで本当に良いのか」と違和感も覚えるのです。

今後の嵐は、2020年に活動を休止するでしょうが、それまでにどうなるかわかりません。
もしかしたらやっぱり継続するということなるかもしれません。
またここで考えたいことは、まだ2年近くある休止までの間に、何かが起こり、今メンバーが抱えている「自由に何かをしたい」という想いが実現できなくなるかもしれないということです。
そういった意味では”早い決断”というのはやはり重要なのです。
ですが嵐は、それの個人の想いをひとまず置いておいて、活動休止までの期間を長く設けることで、これまでも、そしてこれからも自分たちを支えてくれる人たちとの繋がりを大切にし、今回のような結論に至ったのではないかと思うのです。

そして、そのような嵐の立派な姿勢にぼくは感動したのです。

 

全然無責任じゃない!

今回の会見の中で、ある記者が「今回の活動休止の決定は無責任という声がある」と質問し問題になっています。

もちろん、もう僕の言いたいことはわかりますよね。
嵐は全く無責任ではないです。

それどころか、活動休止という結論に至ったこれまでの経緯や想いを素早く、そして率直に世間に伝えたことは、これまでの関係者や共にやってきたメンバーの恩に報いるもので、義理と人情、そして引き受けた責任を全うしようとする責任感にあふれた振る舞いだと僕には見えました。

会見でのその質問に対する櫻井さんの対応もすごかったです。
やはり少し険しい表情になりましたが、冷静に「休止までの2年の間の活動でしっかりと責任を果たしていこうとしている」ということでした。
もの凄く、誠実で聡明な受け答えだったと思います。
またその後、自信が出演する番組で
「自分の中で温度が少し上がったというのはある。あのご質問をいただいたおかげで、結果としてきちんとわれわれの思いの丈が温度を乗せて伝えることができた」
と言っていました。
完璧だと思いました。
ここにも責任感や誠意がにじみ出ています。

芸能人がその活動を止めるといった時、それがグループであれば不仲などネガティブな理由が多いと思います。
嵐においても、絶対にそれが無かったとは思いません。
ですが、今回の会見などを見る限り、様々悩みながらも自分たちのことだけではなく、周囲の人々のこともしっかり考えた結論なのだと感じました。

改めて言いますが、嵐の決断は全く無責任ではないです。

 

まとめ

ぼくは芸能事情に疎いです。
ですが今回の嵐の会見を見て、単に芸能人としての能力があるだけでなく、彼らがすごく頭の良く、責任感のある、人間としての魅力にあふれた人達なのだと思いました。
多くの人達から愛されるのも当然だなとすごく納得しました。

嵐はグループとしては解散してしまい、メンバーはそれぞれの道に進んでいくでしょう。
その道にも、様々な困難やしがらみが待ち構えているでしょうが、今よりも尚、実りの輝きに満ちた歩みになってほしいと思います。

ぼくもそんな彼らに勇気をもらい自分の道を歩んでいきたいと思いました。